サマーウォーズ - 70点 ◯

ご都合主義が過ぎる・・・が素晴らしい!

映画「サマーウォーズ」は、提示された表現の数々を自分の快楽原則に沿ってフィルタリングし、再構築して、自分の都合の良いように消費できる能力を持つ観客にとっては大傑作になり得る映画だと思います。 俺は何を言ってるのでしょうか?

私はこの映画の観賞中、仮想空間OZ(オズ)内で繰り広げられる主人公健二と格闘王キングカズマ、ハッキングAI「ラブマシーン」の大バトルのスペクタクルに燃えまくりましたし、人生を生きていく上での重要な基礎資本となる家族の大切さを再認識させてくれる陣内家の生活描写に感動しました。エンドロールの山下達郎の曲を聴きながら「面白かったなぁ」と余韻に浸りつつ、次代のアニメ業界を担う逸材という監督の評判に偽りはなかった、と嬉しく思ったりしました。

しかし!レビューを書こうとパソコンに向かって物語を回想している内に、仮想空間OZと現実の田舎、この両極端な2つの世界を巻き込んだ事件が起こるという、物語を成立させる為の設定や手段があまりにもご都合主義的すぎて、手放しに褒められない作品であると思ってしまいました。

まず仮想空間のOZですが、そもそも世界中の政府が行政システムやライフライン(信号機や電車のダイヤ)までも依存する仮想空間っていう存在がありえないし、しかもその重要なシステムのセキュリティレベルがあんなに低いってのが到底納得できません。この事件発生の原因となる部分の説得力が脆弱なので、のっけからシラケてしまう人もいっぱいいると思います。

次に、OZの説得力の弱さについては百歩譲ったとしても、その事件の主要人物(健二、佳主馬、侘助)が全員同じ場所に居合わせるというのは偶然にしても都合が良すぎだし、現実世界にとんでもない一大事が迫ってるっているのに、それに対抗するのが中1と高2の子供&その親戚だけっていうのはいくらなんでもおかしいです。

さらに、もっと根本的な事を言うと、OZ内で騒動を起こすハッキングAIの行動が納得できません。このAIにプログラミングしたのは「知識欲」だと開発者である侘助が言っているのに、道路の信号機を狂わせたり、電車のダイヤを乱したり、水道管ぶっ壊して街中を水浸しにしたりと、知識欲の発露とは関係のない破壊行動を起こしまくる。つまりあきあらかに"暴走"してます。なのに侘助のあの態度。ここもおかしいです。

さらに終盤、みんなAIにやられた揚句の大勝負、「このAIはゲーム好き」という無根拠な話からの花札勝負という展開。しかも、なぜかヒロインが戦うことになるという支離滅裂っぷり。いや、映画のヒロインなんだから見せ場の一つもなきゃいけないってのはわかりますが、27人も親戚がいるのだから、その中で夏希が一番強いというのを説得するシーンをちょっとは入れてください。

などなど、ご都合主義&説明不足を挙げればキリがなく、一本の映画としてスジが通っていないため、一般的な方法でこの映画を評価するならば、大絶賛の論調に反して「駄作」の烙印を押す人がいても全然おかしくない作品だと思います。

しかし!私はこの映画が大好きです。

ここで最初に言った話に戻りますと、この映画を絶賛する人が大勢いるのは、インターネット上のコミュニケーションに代表されるような、断片化し、キーワード化した対話の様式に対応するスキルを身に付けた人が多いってことだと思います。

それは、相手から発信された情報から重要な部分を取捨選択し、必要に応じて自己保管する能力を身に付けた人々という意味です。「いや、元来人と人とのコミュニケーションとはそういうものだろ?」と思われるかもしれませんが、今言ってるのはそれの過剰な発展形です。誤解を恐れずにあえて<現代の若者>とでも言っておきましょう。

彼らには上記のようなネガティブ要素をフィルタリング・除去する能力があり、素晴らしい映像表現だけ純粋に享受するような感受性が身に付いているのだと思います。そのような人達にとってこの映画は、まさに快楽的な珠玉の映像表現(の断片)の宝庫。大いに感動し大絶賛を送るでしょう。

この映画に限らず、批判に対してよく聞かれる反論「素直に観てない」発言の源泉はこのような感受性の形態からくるものなのだと思います。

これは、どっちが良いとか悪いとかの話ではないですが、とにかく僕はこの映画が面白かったです。自分の感受性を確かめるためにも、是非一度ご鑑賞をお勧めします。ということで映画「サマーウォーズ」オススメです!!

「サマーウォーズ」
公開:2009年8月1日
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:細田守
脚本:奥寺佐渡子
出演:神木隆之介、桜庭ななみ、谷村美月
上映時間:115分