空気人形 - 90点 ◎

みんなが心に感じる”欠如”こそが、他者同士をつなげる可能性。

<作品紹介>「誰も知らない」「歩いても 歩いても」の是枝裕和監督が、業田良家の短編漫画「ゴーダ哲学堂 空気人形」を映画化。主演は韓国の人気女優ペ・ドゥナ。共演にはARATA、板尾創路、余貴美子、岩松了、星野真里、寺島進、オダギリジョー、富司純子など。

<あらすじ>性欲処理の代用品、”空気人形”である「のぞみ」(ペ・ドゥナ)にある日心が芽生えてしまう。窓の外に広がる世界に惹かれた彼女は、持ち主である秀雄(板尾創路)が仕事に出かけたのを見計らって外に出てみることに。世界の美しさに触れ、秀雄が留守中は外で遊ぶのが日課になったのぞみは、町の人たちとの交流を通じて心を学んでいき、やがてあるレンタルビデオ店で働く青年・純一(ARATA)に恋心を抱くようになる―。

映画「空気人形」は、韓国の人気女優ペ・ドゥナの魅力を120%引きだしたアイドル映画であり、男と女の切ないラブ・ストーリーでもあり、孤独に苛まれた人々の群像劇でもあり、心の欠如についての形而上的示唆を与える哲学的な映画でもあるという、非常に味わい深く感動的な作品でした。

冒頭のペ・ドゥナ登場シーンからして惹きこまれます。物干し竿から滴る雨だれ(≒生命の源、水)を手に受け、「キレイ・・・」とつぶやいた瞬間に心が宿り、人形から人間へと変身するこの受肉シーンの美しさ。人体の理想形を模した人形に相応しい肉体を持つペ・ドゥナの神がかった裸体のなんと美しいことよ。この映画が描く「生」と「性」の輝きを存分に表現した素晴らしいオープニングだと思います。(*ここで彼女は堂々とフルヌードになりますが、この大胆さは日本の女優さんも見習ってほしい)

そこから先もペ・ドゥナの魅力全開で、女子高生、メイド、ナースなどのコスプレ姿を楽しむも良し。美脚からのぞく絶対領域を眺めるも良し。きょとん顔やお口モグモグ顔を愛でるも良し。不意打ちの鼻歌(仁義なき戦いのテーマ)に笑うも良し。見事な脱ぎっぷりに「ハッ」とするも良し。匂い立つエロスに身悶えるも良しと、さまざまな角度から彼女の魅力を楽しめる内容になっています。

もちろん、本筋である「人形が恋をする」というラブ・ストーリーの側面も魅力的です。ほのぼのとしたレンタルビデオ店内でのやり取りや、お台場デートのどこか切なく儚げな心の交感。人形であることを必死に隠しながら純一と接する空気人形の姿は、好きな人の前で自分の欠点を隠す人間の姿そのまま。今作最高の見せ場である純一による息の吹き込みシーンは、それまで隠してきた(*本当は曝け出したかった)欠点を見せ、かつそれが相手に受け入られる(=承認される)という、人と人との分かち合いで得られる喜びの究極系を表現していました。

一方、孤独に苛まれる人々の群像劇における空気人形の存在は、誰しもが抱える欠如のメタファーとして機能しはじめます。

劇中に登場する人間達は皆、自分で自分の欠如を満たそうともがき苦しんでいます。ゴミ屋敷の女は過食。独身アラフォー女は自分への留守電。鬱屈した青年はオナニー・・・etc。劇中に朗読される吉野弘の詩「生命は」にある、「生命は/その中に欠如を抱き/それを他者から満たしてもらうのだ」という一節が真理であるならば、彼らの自慰行為は永遠に報われない虚しいこと。しかし、他者との関わり合いで傷つくのは恐い。だからどうしても内に閉じ籠ってしまう・・・。この孤独を生みだす心理的作用は、私の個人的対人関係の有様と響き合ってしまい、非常に切ない気分になりました。

しかし、心を持って間も無い(=恐れを知らない)空気人形は積極的に他者と関わってゆき、自分と同じ雰囲気を持つ純一に恋をし、ついには己の欠如が満たされる体験をします。これらの人と関わることの喜びを体現した描写は、自分一人では決して満たせない欠如を肯定的に捕え、その欠如こそが他者へと心を開くための可能性であるという気づき(≒価値観の転倒)を衝撃とともに体感させてくれます。そしてさらにはきっと自分も誰かを満たせるという希望すら・・・

人と人との関わりあいを、こんなにも肯定的に、しかも力強い説得力を持って描いた作品が今までにあったでしょうか?私はついに胸を張って人生ベスト1と言える傑作映画を観てしまったのではないだろうか?これはもっと多くの人に観られるべき映画だ!!・・・そう鼻息が荒くなりかけたのも束の間。この是枝裕和という監督は、タダ者じゃありませんでした。

*以下、ネタバレ含む

愛する純一の息で満たされた空気人形は、空気注入のポンプと決別し、一回性のある生を受け入れます。そして秀雄(元の持ち主)との関係に決着をつけ、自分の産みの親である人形の原型師(オダギリジョー)との再会を通じてある種の肯定的な諦観(心が生まれた理由など誰にもわからない)を得て、あらためて純一の元へと向かいます。

そして空気人形は、純一の欠如を満たしてあげるべくある行動をとります。それは甘美な描写から、あまりにも唐突にはじまる驚愕の展開で、もはやホラーと見紛うばかりの壮絶な光景。それが指し示しているのは、自分と他者は違うという当たり前の真理でした。

自分が満たされた同じ方法で相手が満たされるとは限らない、それどころか、相手に苦痛を与えてしまう事すらあるという厳しい現実。卑近な例で言えば、束縛に愛を感じる人もいれば、疎ましく思う人もいるということ。このすれ違いに纏わる最大級の悲劇が二人に襲いかかります。

この辛口な結論は一見して皮肉のように受け取られてしまうと思うのですが、これは単なる皮肉ではなくて、誰もが薄々感ずづいている愛というエネルギーの危険性を示す勇気ある行動だと思います。この背中をポンッと押しつつ、暴走しないようにキチンとブレーキを踏んでくるバランス感覚、この結論の締め括り方。私の想像の範疇を遥かに超えていました。

そして最後、本当の意味で空気人形が人間になる(とあえて言い切りたい)あの結末、からの~あの娘へのバトンタッチ!!最高ですね。心底感動してしまいました。こんな傑作映画を創り上げた是枝監督、そして出演者、スタッフ一同のみなさんには感謝の言葉を申し上げたい。素晴らしい映画をありがとうございました。

P.S.
長文になってしまったので割愛しましたが、細かく張った伏線の粋な回収の仕方や、演出的な妙味の散らばり具合、リー・ピンピンの撮影による情緒的な東京の風景など、まだまだ褒め足りない部分がいっぱいあります。それは見てのお楽しみに。あと、劇中にかなり生々しい性描写(ダッチワイフとのSEX&その後の洗浄など)があるので、そういう描写に耐えられない方は観賞をお控えください。

「空気人形」
公開:2009年9月26日
配給:アスミック・エース
監督:是枝裕和
脚本:是枝裕和
出演:ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、 高橋昌也、余貴美子、岩松了、星野真里、寺島進、オダギリジョー、富司純子
上映時間:116分