チェイサー - 62点 ◯

サスペンスに陥れる巧妙な手口。でも犯人像に致命的蛇足が

<あらすじ>韓国で実際に起きた二件の連続殺人事件と、イラクでの韓国人殺害事件から着想を得たナ・ホンジン監督が、事件に共通する”拉致・監禁”の心理的恐怖と、警察の捜査現場の実状、そして犯人を追う男の執念を、鮮烈な暴力描写と共に描き上げた衝撃の長編デビュー作。失踪者が続出するデリヘル経営者のジュンホは、失踪したヘルス嬢の最後の客の携帯番号が共通であることから、正体不明の犯人の手がかりを掴み、その真相を追い始める―。

*以下、ネタバレ含む

今作は、観客をサスペンス状態に惹き込む手口が実に巧妙です。開幕早々から連続殺人犯が誰であるかをわからせ、すぐさま逮捕し、でも証拠不十分で釈放するというこのやり口には一本とられました。

ふてぶてしく釈放される犯人の姿を見せることによって、観客をストレス状態に陥れ、事件を追う主人公に否応なく感情移入させる。そして時折挿入する”まだ生きている被害者の姿”によって「今ならまだ助かるっ!」という期待感と焦燥感を増幅させながら、衝撃的な結末に向かっていく。悔しいかな、私はホントにイライラしながらこの映画を観てしまいまして、監禁された被害者の映像が写る度に「はやく助けに来てくれーっ!」と心の中で叫んでいました。この求心力のあるストーリー展開、本当に素晴らしいですね。

もちろん、韓国映画の十八番(おはこ)であるバイオレンス描写も強烈で、杭と金槌を使った頭カチ割りや、ゴルフクラブでの殴打といった鈍器による陰惨な暴力描写が本当に恐ろしかったです。観賞中久々に「うおぉ…もうやめてくれ…」と目を覆いたくなる気分になりました。そういうのが好きな人は、それだけでも十分必見かと思います。

あと、主人公のキャラクターの起て方と、その改心描写も素晴らしかったです。元警官のデリヘル経営者というプロフィール以外は一切説明せず、他の登場人物の彼への対応によって”女を道具としか見ていないクソ野郎”というキャラクターを浮かび上がらせる手法は効果的でしたし、そんなクソ野郎が被害者の娘と行動を共にすることによって次第に奮起し、いつしか真剣に被害者の生存を願い、犯人を追い駆ける。その姿はとても感動的でした。主役を演じたキム・ユンソクさんの演技は初めてみましたが、素晴らしい役者さんですね。他の出演作も観てみたいです。

という具合に、今作は褒めるポイントがいくつもある素晴らしい映画なわけですが、一方でダメなポイントもありまして、それが映画の完成度を著しく下げるという非常に口惜しい結果を招いてしまいました。

まず、犯人の身体的な特徴として”インポである”という設定を加えたこと。これは蛇足だと思いました。なんでこんな設定を入れちゃったんでしょうか?監督はインタビューで「実際の社会は善悪で割り切れないし、事件が起きた因果関係などは不鮮明なことが多い」という理由で主人公や犯人についての説明は避けたと語っていますが、実際のところ思いっきり説明しちゃってますよね。犯人はインポで女が抱けずに鬱屈して猟奇殺人に走った変態野郎で、コイツが被害女性の頭に杭を打ち込むのはSEXの代償行為。誰がどう見てもそう受け取りますよ。こういう描き方をしてしまうと、単に「インポ野郎って怖いねー」みたいな浅い話になっちゃう可能性があります。ここは”人間の闇”みたいな曖昧で不気味な着地で全然良かったと思います。

それに、終盤の主人公と犯人の直接対決でカマした「セブン」のパクリ。これはちょっと白けましたね。「セブン」がやったあのサブリミナルは、犯行の締め括りとして自分を撃たせようとするジョン・ドゥの揺さぶりにミルズがついに屈するシーンで、「殺したら俺の負けだ・・・しかし、コイツを許すわけにはいかねぇ!!」とミルズの感情が爆発するキッカケとして必要不可欠な演出だったわけで、そういう積み重ねの無いところでいきなりやられても、ただカッコイイから入れただけに見えてしまい、ダサイ印象を受けてしまいました。

ということで、上記2つのダメポイントのせいで大幅減点せざるをえない今作なわけですが、サスペンス映画として一流の作品であることに間違いはありません。というか長編映画初デビューでこのクオリティの作品を撮ったナ・ホンジン監督は今後とも大注目です。

「チェイサー」
公開:2009年5月1日
配給:クロック・ワークス
監督:ナ・ホンジン
脚本:ナ・ホンジン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒ
上映時間:125分