さらば愛しの大統領 - 28点 ✕

100%アホと言ってもTV的な自主規制の枠を一歩も出ない。

<あらすじ>独立国家宣言をした世界のナベアツが、 大阪合衆国初代大統領に就任!そんな時、謎の大統領暗殺予告が届く。大阪府警捜査一課随一のアホコンビ、早川刑事(宮川大輔)と番場刑事(ケンドーコバヤシ)が暗殺犯の捜査に乗り出すが。次々現れる暗殺犯!仕掛けられた爆弾!裏で操る謎の組織とは!?隠された陰謀とは何か!?すべては二人の刑事に託された!?二人は、大統領を守ることができるのか?合衆国に未来はあるのか?

「100%アホになってください」「インテリぶらないでください」。そんな観賞方法の説明テロップから始まる今作。これは「自分から能動的に楽しむ姿勢で、真正面から観てね」という監督からのメッセージなのだと思いますが、なぜこんな事をしょっぱなに言うのでしょうかね?

スクリーンの前に座ってる観客は、家でソファーに寝っ転がってチャンネルカチャカチャやってるTVの視聴者じゃありません。新しい何かを観るために、わざわざ映画館に足を運んで、1800円払って、狭い席に座って、携帯の電源OFFにして、周りに迷惑かけないようにじっとして、暗い空間の中で長時間耐えるつもりで、このアホなお笑い映画を選んで来ています。つまりは当然、超楽しむつもりで来てるんです。この映画に期待して、前のめりな姿勢で観てるんですよ。それをわざわざ「アホになれ」「インテリぶるな」とのたまうとは、何とまぁ余計なことか?

この余計な前フリに開幕以前から不愉快にさせられ、嫌な予感がしたのですが、残念ながらその予感は的中します。今作「さらば愛しの大統領」で展開される”笑い”は決して褒められた内容じゃありません。

前述の通り、観客はすべからく楽しむ姿勢で観ています。普段見れないものを観るためにわざわざ映画館に足を運んでいます。なのに何ですか!?このTV的な自主規制の枠から一歩も出ないヌルイ内容は!?

今作について「映画でやる意味あんの?」というレビューが散見されますが、その真意はきっと「映画だからこそやれる表現をなぜやらない!?」ってことですよ。TVだったら「公共の電波を使って何してる!」とクレームがくるような悪フザケも映画ならできる。もし怒る人がいたとしても、レビューサイトや個人ブログで「つまらなかった」と吐き捨てられる程度こと。何も恐れることはありません。それなのに、劇中で披露されるお笑いはTV的自主規制の枠内レベル(しかも中の下!)。ナベアツさんは、自分がどんなステージで勝負してるのか理解していないままこの映画を作ってしまったようです。

個人的な事を言えば、冒頭のでんぐり返しや、宮迫のミドリゴリラ、串かっちゃんのクイックな動きなど、いくつかの場面で笑わせてもらいました。でも、こういう桁(けた)の笑いはTVでいつもやってるじゃないですか?やっぱ映画である以上は「映画だからこそ出来る笑い」が欲しいです。

具体的に言えば、もっと下品な、もっと不謹慎な、もっと反倫理的な、毒っ気のある笑いが欲しい。例えばおもろーランド名物のタコ焼きの場面で、昔、ダウンタウンの松ちゃんやってたキャシー塚本的に食べ物を粗末にしたギャグをやるとか。宮川大輔がエキセントリックな刑事役ならマジで犯人撃っちゃうとか。せっかくケンドーコバヤシが出てるのなら、TVではいつも絶妙に節度あるレベルに抑えてるエロネタを全開でやるとか(志村けんは先日TV放送されたバカ殿でTバックを見せてくれたよ!)。いくらでも逸脱しようがあるはずです。なのにすべてがTV放映用に漂白された無難なレベル。これは本当に残念でした。映画という場を全然活かしてない!!

私はアホ100%どころかアホ300%ぐらいの心構えで観てたので、あまりの”優等生ぶり”に頭が下がりました(*これはもちろん皮肉です)。もしナベアツ監督が次作を撮るのなら、今いちど映画というステージでやることの意義を考えて頂きたいものです。

「さらば愛しの大統領」
公開:2010年11月6日
配給:アスミック・エース
監督:柴田大輔、世界のナベアツ
出演:宮川大輔、ケンドーコバヤシ、世界のナベアツ、吹石一恵、釈由美子